タイムシェア・コミュニケーションズ
今日知られているリゾート・タイムシェアの原型となる方式を最初に導入したのは、フランスのアルプス地方にあるスキー・リゾート「シュペール ド ヴォリュイ」で、1967年に販売を開始したというのが定説になっています。それより4年前の1963年には、スイスのハピマグ社が株主会員制のリゾート利用システムという当時としては画期的なコンセプトを発表して、リゾート新時代の先駆けとなりました。これらのヨーロッパの動きとは直接関係はありませんが、日本でも1966年には初めての会員制リゾート・クラブ「ジャパン・ビラ・クラブ」が誕生しているのも興味深い事実です。
休暇の為のセカンド・ハウスや別荘を持つということは、世界中どこでも金持ち層の間では普通のことでした。特に、長期バカンスの伝統を持つヨーロッパでは、人生を楽しむ為には不可欠といえるほどの重要性を持っていたに違いありません。しかし、自己所有の別荘は、金持ちといえども利用する期間は限られており、維持管理にも人手と経費がかかります。この無駄を省いて、一年間を52週に分割し、必要な期間だけの所有者になるというタイムシェアの考え方は、画期的なものでした。ヨーロッパの持つ合理性とバカンスの伝統が見事に結合した所産であるといえます。

ところが、新しい考え方は、簡単には受け入れられないのが世の常で、伝統社会であるヨーロッパでは、タイムシェアの斬新な考え方は容易に浸透しませんでした。今日、リゾート新時代を築きつつあるこのコンセプトが根付き育つには、新しい土壌が必要でした。それが大西洋を越えたアメリカだったのです。
アメリカで最初に生まれたタイムシェア・リゾートは、ハワイの「ハワイ・カイラナ・リゾート」で、1968年のことでした。興味深いのは、ヨーロッパ、アメリカ、日本とも、わずか2、3年の差で最初のタイムシェア・リゾートが誕生していながら、決して他国の先駆者のアイデアを真似したわけではなく、それぞれが遠く離れた場所で自然発生的に生まれたというのが、歴史的な事実らしいということです。

つまり、いずれの場合も、起業家的な発想からこの新しいリゾート形態にビジネスの可能性を見出だして、それぞれの地域で独自に一人歩きを始めたのが、このリゾート産業のそもそもの出発点となったのです。60年代のアメリカは不動産ブームの時代であり、70年代の初期までは一戸分譲のコンドミニアムがリゾート開発の大部分を占めていました。ハワイで誕生したタイムシェア・リゾートも大きな注目を集めることはありませんでした。この状況に大転機が訪れたのは、70年代中期の石油ショックによる不動産バブルの崩壊の時でした。(90年に始まる日本のバブル経済崩壊の状況と重ね合わせると興味深いものがあります)
石油ショックによる影響で、消費者は不要不急のリゾート・コンドミニアムなどは買わなくなり、売れない物件を抱えたデベロッパーは何等かの対応策を迫られました。この窮地を切り開いたのが、タイムシェア・リゾートへの転換でした。必要な期間分だけ所有でき、しかも価格は一戸分譲に比べて数十分の一程度という経済性と利用上の合理性が、アメリカの消費者にアピールしたのです。
成熟化した今日からみれば、売れない物件をタイムシェアに転換するのは決して理想的な形態ではありませんでしたが、その時代の経済的状況と社会的ニーズがうまく合致したのが、その後の大きな発展の契機になったといえます。また、ヨーロッパに比べアメリカ人の方が新しいアイデアに対する許容力が大きかったということも幸いしたのではないでしょうか。
石油ショックを契機にして、この斬新で合理的なリゾート所有の考え方は徐々にアメリカの消費者に浸透し始めました。しかしながら、このリゾート・タイムシェアがさらに大きく発展する為には、まだ決定的に欠けている要素がありました。
初期のタイムシェア方式のリゾート利用方法は、確かに合理的で経済的でしたが、年に1回、毎年毎年購入した同じリゾートでバケーションを過ごさなければならないという制約がありました。日常的にあらゆる事に選択の余地を与えられていることに慣れているアメリカ人にとっては、これは大きなマイナス要因でした。いくら合理的な方法であり魅力的な価格であっても「フレキシビリティ」に欠けるシステムではやがて不満が生じます。

この「隙間」ニーズに着目して1974年に創立され、その後のリゾート・タイムシェアの発展に大きな役割を果たす事になったのが、リゾート交換システム会社RCI社 (Resort Condominiums International,LLC)でした。RCI社の提供するサービスは、購入者が自分のリゾートの、その年の利用権(1週間)をリゾート交換会社に預けいれて、替わりに他の場所にあるリゾートの、同等のユニット(一戸)の一週間と交換利用する、というものです。このシステムの導入により、数年後にはアメリカ国内だけではなく海外の加盟リゾートも交換で利用出来るようになり、リゾート・タイムシェアが抱えていた行き止まり現象を一気に解決する事が出来たのです。
アメリカ人の好むこのフレキシビリティこそが、以後のタイムシェア産業の発展にとっていかに重要であったかは、1989年に実施されたリゾート業界団体(ARDA)の調査結果にも表れており、当時81.2%もの購入者が、交換利用のメリットを購入動機の第一に挙げたのです。リゾート交換システムが導入されるや、それまで各地で孤立していたデベロッパー達が結束してリゾート・タイムシェアを広めようという動きになり、交換会社を通して共通の利害で結ばれることになったのです。
 交換システムがいかに重要な役割を果たしたかは、その後の業界の発展にも表れています。交換が初めて導入された1975年に5,000万ドルだった業界の販売額は、5年後には4.9億ドル、10年後の1985年には16億ドルに成長し、1990年には全世界で32億ドル、1991年には37億ドルそして、2006年には100億ドルを突破するまでに達したのです。
イギリスでも1975年に最初のタイムシェア・リゾートがスコットランドに出現しましたが、これも他国の動きとは無関係に生まれたものでした。順調に成長を続けたアメリカの業界も、80年代中期に一時的にマイナス成長となり、その対応策としてまだ眠っていたヨーロッパの市場に目をつけ、もともとヨーロッパで誕生したタイムシェアを逆輸出したのです。経験を積んだアメリカのプロモーター達が、スペインのカナリー諸島やポルトガルのアルガーヴなどで、分譲型のリゾートをタイムシェアに転換するよう働き掛け、この一帯を休暇で訪れるイギリス人に積極的な販売活動を開始致しました。
このようにアメリカ人の活躍が目立ったために、今でもタイムシェアはアメリカ生れの産業だと一般には思われているようです。この結果、ヨーロッパのタイムシェア業界は今や南欧から北欧まで全ヨーロッパに拡大し、1990年には成長率で世界一になり、リゾートの数は800を超え、世界の18%を占めるまでになりました。長期バカンスの伝統があり、大きなマーケットのあるヨーロッパ以外にも、タイムシェアは世界各地に根をおろしていきました。

今日では、RCI社に登録されているタイムシェア・リゾートだけでも、3700カ所以上に達しています。メキシコは、アメリカ(約2000カ所)に続いて世界第2位の339カ所、南アフリカにも244カ所、オーストラリア、ニュージーランド等のオセアニアには203カ所、ヨーロッパ全域にはおよそ1000カ所、アジア全域でも281カ所に達する規模にまで成長しています。

2002年には、世界中のタイムシェア・リゾート総数は5000を超え、タイムシェア・オーナー世帯数は440万世帯に達しています。1980年のオーナー数15万5千人と比較しますと、その急速な成長ぶりだけでなく、このタイムシェアというリゾート商品が洋の東西を問わず、いかに消費者にアピールする要素を持っているかが理解出来ます。
すでにタイムシェア業界には有名な大手企業が参入しています。その先陣を切ったのが1984年に参入した、アメリカの大手ホテル・グループの「マリオット」で、フロリダのオーランドを皮切りにすでに58カ所のタイムシェア・リゾート“マリオット・オーナーシップ・リゾート”を展開しています。
1990年にはウォルト・ディズニー・カンパニーが同じくオーランドでタイムシェア事業“ディズニー・バケーション・クラブ”を開始して成功をおさめ、1993年には第2番目のタイムシェア・リゾートの着手を発表し、現在では、10番目のタイムシェア・プロジェクトを開発しています。続いてヒルトンホテル・グループも1992年に参入を発表し、ラスベガスやオーランド等のタイムシェア事業“ヒルトン・グランド・バケーションズ・クラブ”に続いて、ハワイでも5ヶ所で販売を進めています。2010年までには大手ホテル・グループが大きなマーケットを占めるようになると予想されています。

一方ヨーロッパでは地中海クラブが、すでにタイムシェア業界の大手であった、"CLUB HOTEL"を買収し傘下に治めて成功しています。また、日本では日本航空が成熟化しつつある海外旅行ブームに着目し、1989年からハワイとオーストラリアのリゾートの販売を手掛け、日本に初めて欧米型のタイムシェア・リゾートを紹介しました。このような有名企業の参入は、タイムシェア業界の信用度を増し、社会的知名度を高めるうえで大きな貢献をしており、躍進するタイムシェア業界の未来を示唆しているといます。
リゾート・タイムシェアがヨーロッパで誕生してからまだ40年余りですが、初期の頃の成長はごく緩やかなものでした。80年代に入ってからは急速な成長を遂げるようになりましたが、この時期はアメリカで基盤を築いたこの斬新なリゾート産業が、ヨーロッパに逆輸入され、さらにメキシコやオーストラリアに拡大していった時期と一致しています。世界的にみてどれくらいの規模の産業に成長したか、1980年以降の業界の全体像を把握してみましょう。

表を要約すると、このリゾート産業の全体像が浮かび上がってきます。

(1)約670万人の家族がタイムシェアのオーナーになっている。

(2)2000年には88万口(週)のタイムシェアが販売され、1年の約10万口(週)と比較すると約880%以上の伸び率である。

(3)2000年の販売額は、約77億ドルで、1980年の4.9億ドルの15.7倍以上である。

(4)1980年以降、約670万口(週)のタイムシェアが販売され、その販売総額は737億ドルに達している。
2002年、タイムシェア・リゾートは90か国にわたって存在し、その購入者の居住国はさらに157ヶ国の多きに及んでいます。リゾート・タイムシェアはもはや特定の先進国だけの現象ではなく、グローバルな産業としてのステータスを達成したと言っても過言ではありません。1992年のデータですが、当時の地域別のリゾート分布と購入者の分布状態は次の通りです。

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